「好き」だとか。
「愛してる」だとか。

口先だけの愛は要らないんだと。
あの男は何千回その言葉を口にしたらわかるのか。
口先だけの愛なら言わない方がマシなんだと。
あの男はあと何万回その言葉を口にしたらわかるのか。


アタシが騙されてるって思ってるアンタと、
アンタに騙されているフリをしているアタシ。



愚か者は、さぁどっち。






Fool Lovers.








『悪ィ、今日どうしても外せない用入っちゃってさー。ごめん、デート中止させて?』


ごめん、と申し訳なさそうに紡がれるその言葉を、アタシは何回聞いたんだろう。この言葉を聞く度に、アタシは何故だかいつも清々しい気分になってしまう。あぁ、またか。それで?だから?みたいな。


「いいよ、大切な用事だったら仕方ないしさー」


口をついて出るのもいつもの言葉。アイツが嘘吐きだから、いつの間にかアタシの口まで嘘吐きになった    なんて言ってみる。多分そんなのも嘘。ヒトは皆最初っから嘘の塊。その嘘の塊がキレイサッパリ無くなった時に、ヒトって死ぬんじゃないだろうか。…という事は、アタシもアイツも早死にするな。いや、アイツの方が嘘吐きだから、アイツの方が早いか。
…縁起でもない。


『ホンットごめん!今度埋め合わせるから』
「じゃあイタリアンのフルコース奢ってくださーい」
『おー、オッケ』


嘘の代償がイタリアンのフルコース。何て安いんだろ、とちょっと思う。それがアタシの価値みたい。アイツにとってはアタシの価値はイタリアンのフルコースくらいしかない。実際そんなもんだろう。だってアイツは、アタシよりあの女の方がキラキラ光る宝石並に大事なんだからさ。やってらんない。ま、石コロよりマシ、かぁ。





少しだけ他愛のない話をして、アタシは電話を切った。



ブツン。



接続の切れる、嫌な音。スイッチを一つ押せばなくなってしまう繋がり。いったいどれだけ細い糸で繋がってるんだろう、電話って。まぁ、電波で繋がってるんだけどさ。そんな夢のない現実は放っておこう。


電話の切り際、アイツはいつものようにバカみたいな嘘を口にした。


『好きだよ』



ふぅん。

いや、それは嘘じゃないのかもしれない。それが『恋人として』だとは一言も言ってないわけだし。世の中が『好き』か『嫌い』しかないなら、アイツにとってアタシは好きの部類にいるって事なのかも。ただ、その『好き』にはアタシとアイツが付き合いだした頃のとろけそうなくらい綺麗な響きがない。火傷しそうなくらいの高温が存在しない。冷めてんなー。
今アイツがアタシの為に口にする『好き』には、一体どれくらいの温度があるんだろう、とふっと考えてみる。考えてみるけど、想像出来なかった。つーかさ、アタシは何でアイツ付き合ってんの?アイツの気持ちがアタシにない事なんてとっくに知ってるのにさー。


…次、会った時に別れ話でも切り出してやるか。



アタシなんかいない方がアイツも清々するだろう。イチイチデートの約束をして、イチイチデートをドタキャンしなくてもよくなるんだしさ?無駄なエネルギーが省けるってもんでしょう。限りある資源は大切に。省エネ省エネ。
そんな事思ってたって次いつ会えるかなんてわかんないんだけどさぁ。デートの約束して、ドタキャンして、その繰り返し。
いつからだっけ。確か、もう半年くらい。一ヶ月に一回会えたらいい方かな。遠距離恋愛してるわけじゃないんだけどなー。寧ろ超近距離。なのに、こんなに会わないってどういう事なのか。そして何でアタシはアイツと別れていないのか。意味不明。



決めた。
次会ったら別れよう。



そう決めて、アタシは立ち上がった。
考え事して頭使うとお腹が空く。ヒトの三大欲求はいつだって自分に正直だ。ヒトは嘘で出来てるっていうのに、欲望ってモノは嘘を吐く事を知らないらしい。羨ましいったらありゃしない。まぁでも、ヒトがいっつも正直だったら世の中は成り立ってくれないからね、欲望くらいは正直にあってもいいか。理性が切れない程度にね。理性ぶっ飛ばす時は犯罪者になる覚悟しとけって事で。



財布だけ持って、アタシは外に出た。



ジメジメ蒸し暑い空気に、容赦なく紫外線を降り注いでくる太陽。光に目がついていけなくて、一瞬くらっとする。湿気も高いから、異常に暑い。ま、日本に住んでる限りはどうしようもないか。弁当買うついでにアイスでも買おうかな。冷たいもの食ったら少しはマシになるだろう。



肌を焦がす、ジリジリとした暑さ。うだうだのろのろ、目指すは家から徒歩6分のコンビニ。



コンビニの中は冷房が利いていて、すっかり熱を持った肌を寒いくらいに冷やしてくれる。店員のあまりやる気のない「いらっしゃいませー」を聞きながら、アタシが真っ先に向かったのはアイス。
外の暑さを考えると、どのアイスも魔法がかかったみたいに美味しそうに見える。いっそ全部買おうかなーなんてくだらない衝動に駆られながら財布の中を考える。予約してるCDとかあるしなぁ…っていうか、何があるかわかんないんだし無駄遣いは却下。1個で我慢しなさい、アタシ。なんていい聞かせて、すぐに食べられるアイスバーを手に取った。120円、と。
次は弁当、と思って弁当コーナーへ。並べられてる弁当はどれも美味しそうには見えない。どんな宣伝文句がついてても所詮はコンビニ弁当。手作りの味には敵わない。料理がそこそこ出来たらの話だけど。まぁ、食えれば何でもいっか。アタシが自分で作るよりは美味いだろう。





「ありがとうございましたー」



アイスと弁当を買って外に出る。見送ってくれるのはやっぱりあんまりやる気の感じられない店員の声。人も少ないってのに、しっかり時給分働いてくださいよ、バイト君。でも、この暑さの中じゃ元気に送り出されたってそれはそれでうっとおしい。このやる気のない声の方が、いい。



アイスを袋から出して、ゴミはゴミ箱にポイ。相変わらずバカみたいに暑い中を、少しずつ溶けていくアイスを舐めながら家への道程を行き以上にだらだら歩く。喉を通っていくアイスの冷たさと肌を焦がす熱さの温度差が、心地いい。





「あ」





思わず、持っていた袋を落とすところだった。今更何を動揺してるんだろう。何度だって見た事あるのに。つかさぁ、何でアタスが別れるって決めた日に見てしまうんだ。嫌がらせか。



アタシの目の前には、アイツとあの女が楽しそうに歩いてる姿。
あぁいうのをさ、恋人同士、っていうんだよ。
だからアタシとアイツは恋人じゃない。口先と電話の細い糸で繋がってる、すぐにぷっつり途切れてしまう、そんな関係。そんな関係に恋人って名前はつかないんだ。ただの非生産的な意味のない関係。





「あ」




アイツがアタシを見た。
目が合った。



みるみるうちに変わる表情。典型的な「マズイ、どうしよう」の顔。今更そんな顔しなくてもいいのに。あの女はそんな表情には気付かずにアイツの隣で一人楽しそうに話してる。
随分前から知ってるし、随分前から見掛けてる。目が合ったのは初めてか。驚いてるのはアンタだけ。アタシからすれば寧ろ滑稽で、何かおかしくって、からかいたくなってしまう。だから、思いっきり「満面の笑み」ってヤツを見せてやった。
あはは、渋い顔してる。



お幸せに。



心の中で呟いて、アタシは再び家の方へと歩き出した。
意識してないのに早足になる。終いには走ってしまう。手の中でドロドロとアイスが溶けていく。うっとおしくて、もったいないけど道端に投げ捨てた。





バタン。





玄関の扉を開けて、中に入って、閉めて。一気に訪れた静寂は、居心地が悪くて仕方なくて、気分が悪くなってしまう。肌に残る熱が玄関の空気を熱気に変えて、蒸し暑い。
聞こえるのはアタシの乱れた洗い呼吸だけ。他には何もない。何だかまるで、一人世界に取り残されたみたいだった。息を吐いて、そのまま体から力が抜けて、弁当が入った袋を落とすと、アタシはその場に座り込んだ。



どうしよう。



気付かなく手もいい事、気付いてしまった。アタシがどうしようもないあんなオトコと別れない理由。アタシにバレたのわかってるくせに、あの女優先して追っ掛けても来ないような奴なのに。くだらなさすぎて笑えるなぁ。そう思ったら、喉から笑い声が漏れた。



「バッカみたい…」



バカみたい?違うだろ、アタシ。バカみたい、じゃなくてバカなんだ。生粋のバカ。やってらんない。アタシってこんなにバカだったのか。知らなかった。
喉から溢れる声は笑ってるのに、目からぼろぼろと涙が溢れてくる。ヒトって変なところ器用。何で笑いながら泣けるんだろう。



夜にでも、アイツから電話かメールが来るんだろう。嘘塗れの言い訳と一緒に。アタシはバカだからその嘘に騙されたフリをして、この非生産的極まりない関係を続けていくんだ。この関係を、アタシには断ち切る事なんか出来ない。切れる時は、アイツから別れを切り出された時。いっそ、夜に来るその連絡が別れの言葉ならいいのに。





アタシの中にあったのは夏の太陽。アイツの中にあるのは溶けてくれないアイス。そういう事。
何よりも愚かなのは、アタシだ。















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送